昭和49年3月10日 特別奉修委員
中村良一
信心が、楽しいもの、または、いよいよ有難いものという。有難う、楽しゅうさせて頂くという。どういう様な信心になったら、そういうふうに信心が楽しゅうなってくるかと言うと。やはり、信心の意欲というかね、身欲のこっじゃない、信心意欲という。この、欲が出来てくるようになると、楽しゅうなると思うですね。信心の、例えば、まぁ商売なら商売させて貰う。子供が、段々、加勢になるようになる。だから、親が言うた通りの事はもう、何でん、むごうやってくれるようになったばってん、まぁだ、商売意欲がないからね。まぁ一押しという所が出来ん。もういっちょ、これからこれまで、そすと、明日の都合の段取りが良いけんと言ったようなね。もう一押しというところが出来ん。これは、ただ親が、親の後を継がんならんと言うので、親の後を継いでおるだけ。また、そのためには、これこれだけの事をせにゃ出来んぞと言われるけんするだけ。これが当たり前。もうj、それをしないのは、こりゃもう、親も困ったもんですよね。けども、それが、ほんなら、欲がです、商売なら商売の欲が出来てくると、今度は、親が言わんでも、それこそ、もう一押しもう一押しが出来る訳です。
信心も同じこと。本当に、信心は、楽しゅうさせて頂く。有難う、本当にさせて貰うと言うのはね。信心の意欲を、欲がね、意欲というより欲、信心欲たいな。信心欲が出来てくるようになると、もう一押しが出来てくる。例えば、毎日、日参しよると言うのはね、ただ、金光様の信心の日参は、もう日参というのは当たり前の事ですね、いうならば。けれども、日参させて頂いておるうちに、段々、欲が出来てくるようになると思う。例えばほんなら、こう言う特別奉修委員の方達の場合なんかが、これがもう、努めてから、顔を連ねとかなければといったような事ではなくてね。これには出らなければおられないと言うのが、一押しの欲だと思うですね。もう本当に、とても馬鹿らしかです、この特別奉修委員に出てこんなら。ばってん、それがね、それが本当に出来たら、信心が楽しゅう出来るとです。けどもほんなら、皆さんの場合は、ほんなら私は、そういう欲でもなかろうような感じがするんですけれどね。ただ、ほんなら、こうして続けておられる。まぁその内に欲が出てくる訳でしょうけれども。そこんとこんにきがね、もう一押しという事ですよ。信心の形じゃないです、心の上に。これはね、やはり、信心の欲を、もう少しこう?き立てさせて貰って、おかげを頂くようになると、信心が、いよいよ、有難いものだけではなくて、楽しいものになってくる。商売でも、例えば、商売の欲が出てくるとです。もう一時間二時間、余計働くという事が楽しゅうなってくるとじゃから。それは、欲が出とるから。信心もそうです。けれども、まぁせろと言わるるけんしよるとと言う間は、まぁこれが普通一般でしょう。けどもほんなら、特別という粗割が、特別奉修委員の方達が、特別の事を特別に、こう祈られる。だから、特別の私は、おかげが頂けてこなければならん。心の上に、はっきり、自分の心の上に。だから、楽しゅうなる。とても一遍でん、帰りゃ馬鹿らしかということになってくる。だから、皆さんのも、確かに、まぁ欲じゃないといや、欲じゃないという事に。じゃ、欲といや欲、欲じゃないといや欲じゃない。けども、はっきり、自分のは、信心の欲が出てると言う、欲が出て来とるなというのは、答えは信心が楽しゅうして応えんということになっておったら、あーた方の信心は、もう欲が出ておると言うことになりますね。いわゆる、楽しゅうさせて貰うためには、欲が要るです。信心の欲が要るですね。どうぞ。